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善応寺

中心 加茂 阿波 勝北 久米
善応寺の画像

善応寺のいわれは次のようになっています。
比叡山延暦寺の第四祖慈覚大師円仁が美作の国を訪れた際、美作の国の一宮である中山神社にこもってお祈りをされたのですが、その時東北の山頂に紫色の雲がたなびくのを見られました。
大師はその場所に霊地があることを知り、山に分け入いってその場所に行ってみると、にわかに空から甘露(天から与えられる甘い不老不死の妙薬)が降り、雲の中からとぐろを巻いた竜が頭を上げて大師の登山を歓び迎える様子でありました。
そこで大師は山号を「龍頭山」と名付け、大切にお守りしていた一寸八分の観音像を仏像の体内に納めこのお寺の本尊とし、お寺を建立したということです。
その後は次第に栄え、三十三所の観音を末寺とし大伽藍を有していましたが、戦乱のために堂宇が焼失するなどして衰退しました。
しかし、慶長年間(約1590年代〜1610年代)に秀円法印が再興し、その後中興第10世の宥盛法印の宝暦年間(約1750年代〜1760年代)の時代には往時の姿を取り戻しましたが、文政年間(約1810年代〜1830年代)には野火のために焼失してしまいます。再建中に火災により再度消失してしまったこともありましたが、慶応2年(1866年)に復興しました。
また、境内にある高さ12m、幹周り2m、枝が直径14m張出し傘のようにみえる、樹齢約200年とされる「傘大もみじ」は圧巻です。


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  • 津山市大篠1674
  • 0868-29-0513
  • 見学自由
  •  
  • 無料
  • あり

 

 

傘大もみじ

傘大もみじ